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2024年5月25日 06時21分に生成された05時00分のデータです
2018-10-27 16:55:02
【車載動画】国道286号part1国道286号走行の様子。
宮城県仙台市青葉区勾当台公園前から仙台市太白区茂庭のr62交差点まで。
走行年 2018年 仙台市街地走行です。(R4旧道含む)
車両ナンバーは一部を除き、隠していません…
国道(mylist/57923047)次(sm34098975)
E4東北道part6+V(sm37953085)←福島県国見町の国見SAから宮城県富谷町の[29-1]富谷JCT.まで
E48山形道part0(仙台外回り)+Vラジ(sm40540519)←宮城県村田町の[26]村田JCT.から一周。
国道45号part23+V(sm35267780)←勾当台公園前交差点
宮城県道22号(sm34056291)←この動画の前
宮城県道22号+V(sm34056380)←この動画の前で、ボイスロイドを添えたもの…
宮城山形県道62号part1+V(sm37541932)←仙台市太白区茂庭川添東のr62交差点~二口林道入口
※動画広告ありがとうございます。「だんちょう」さん
※極力字幕がいいのですが…仙台なので「東北ずん子」を使ってもいいのかなと思っています。
※仙台城…青葉城ですね。20年前もニーパーロクでした ニーパーロクですねやっぱ 八木山ベニーランド 地獄だった 仙台城っつってるけど、青葉城址のこと? 右斜め方向に狭い道があります 朝と夕方、センターラインが変わってましたが、今は違うのかな? ゆっくりとか? うぽつーん
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2018-03-11 17:42:07
震災7年の宮城・名取市 復興進むも戻る住民は将来起こり得る震災に私たちはどう備えればいいのか。東日本で被災した方々の体験をもとに巨大津波の恐ろしさを当事者の目線でお伝えしています。復興の様子や7年を迎えた被災地の課題などをお伝えしていきます。宮城県名取市閖上地区から報告です。
(岩崎心平アナウンサー記者報告)
仙台市の南側にある名取市の閖上地区です。震災前、約5700人が暮らしていたこちらの町は、市の慰霊碑と同じ高さの8.4メートルの津波にのみ込まれました。モニュメントのあるこの一帯はメモリアル公園として整備されます。そして、近くには住民に親しまれてきた日和山と神社があります。
日和山を登り、閖上の現状を見てみます。津波はこの日和山を越えていきました。毎年、こちらの神社では祭りが開かれ、多くの住民の方たちに親しまれてきました。目線に神社が入ってきました。震災の時、こちらに避難された方はいませんでしたが、津波はこの高さまで到達し、神社を押し流しました。今建っているものは、震災の2年後に再建されたものです。
日和山から閖上を見下ろしてみます。かつて住宅地がぎっしりと並んでいた光景はすっかり消え、11日は慰霊のためにたくさんの方が車で訪れてますが、普段は何もないがらんとした光景が広がっています。
しかし、着実に復興が進む様子も見て取れます。名取川の河口の河川堤防が去年12月に完成し、高さは7.2メートルあります。産業の復興も進んでいます。造成が進む一画に水産加工団地が建てられ、9つの会社が地元で取れたアカガイなどを加工しています。
そして、さらに内陸では、造成された住宅地に災害公営住宅などが建設されています。新たな住宅地は津波の被害に遭わないように5メートルかさ上げして作られました。しかし、工事の遅れや津波への恐れなどから閖上に戻る住民は震災前の3分の1ほどにとどまるとみられています。
あの日から7年、復興へ向け、ふるさとは形を変えていますが、閖上は大切な場所であり続けています。
http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000122640.htmlうわーーーーっておかしい↑ うわーーーー わからんわ
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2018-03-10 19:04:10
名取市・閉鎖される仮設団地 支えあった東日本大震災被災者の想いは東日本大震災から3月11日で7年です。宮城県名取市の仮設住宅団地が来月末に閉鎖されます。そこは被災者らが支え合って暮らした「第二のふるさと」でした。
桜に囲まれた箱塚桜団地。津波で被災した閖上地区の住民が暮らしています。この仮設団地では孤独死を防ごうとさまざまなイベントを開催してきました。一人暮らしの高橋春子さん(81)。子どもと触れ合い笑顔の一日を過ごしました。しかし、月日は流れ、自宅を再建して引っ越す人が増えてきました。2017年7月、高橋さんも引っ越すことに。抽選で閖上の災害公営住宅に入居が決まったからです。
高橋春子さん:「着のみ着のままで入った時は広いなと思ったけど」
2月26日、集会所で開かれた最後の手芸イベントに高橋さんがやってきました。皆で集まっておしゃべりをする。この時間が仮設暮らしを支えました。
高橋春子さん:「本当に第二のふるさとみたい。皆仲良くして過ごしたから。忘れられないね」
今、この仮設団地に暮らす人は15世帯、20人余り。4月末、桜の花が散るころ閉鎖されます。- 212
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